漢方の高麗人参と大根島の関係とは

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漢方の高麗人参と大根島の関係とは

高麗人参

 漢方の高麗人参は体質改善をして自身の治癒能力を高めるということで、様々な病気の改善や予防に役立つ多年草の植物です。

 日本のお隣りの国では野生のものが生えているのですが、どちらかというと野生の高麗人参は畑でできるものよりも栄養価もかなり高く、市場でも高価な価格で販売されていることが多いです。そんな高麗人参が日本へ渡ってきたのは江戸時代の頃でした。

 まず最初に幕府が江戸に高麗人参専用の組合を作り、高値取引が行われるようになりました。それからいくつかの藩でも人参の栽培をするようになり、幕末には島根県の東部中海に浮かぶ大根島でも栽培がされていたのです。しかも土地が好条件だったのか、この島の高麗人参は県内一というくらいの主産地となりました。

 ひとつ面白いエピソードが残っています。大根島という名前は、高麗人参が門外不出の植物だったことから、その栽培をしているということを隠すために人参ではなく、わざと大根の島と呼んでいたのではないかというのです。

 私は素直に大根が名産だったのだろうと考えていましたが、高麗人参の栽培の話を聞いて以来、この逸話も意外と真実なのではないかと感じました。医療技術も今に比べればまだまだだったこの時代、人参の万能な効果を考えるとこういう出来事があっても不思議ではありません。

 大根島の高麗人参がなぜ県内でも一番良いとされていたのか、それはこの島でできる高麗人参の土壌が本場と一番似ていたからです。人参は種植えから収穫までは4年から6年ほどかかります。その間成長しながら、その土地の栄養分を根こそぎ吸収する勢いで成長します。ですから高麗人参にはとても栄養が高く、滋養もあるのです。栄養を全てもっていかれた土地では高麗人参の栽培はできません。また植えられるようにするまで土作りが大切になってきます。元々ミネラル分が多い火山灰質の土を持つこの島でしたので、高麗人参を育てるにはとても向いていました。

 そこに藩が土作りの専門家を投入し、さらに良い土作りを目指したのでとても質が良い人参を育てることができたのでした。大根島でできた高麗人参は外国へ輸出されるまでになり、明治時代に入ってからは藩に代わって民営化されて栽培を続けられました。

 全盛期には島民のうち4割ほどが栽培をしていました。現在ももちろん栽培されていて最高級品として名高く、粉末やエキスを使ったお菓子やお茶などの加工品が販売されております。

 私はこの島のお土産で高麗人参のアイスクリームを食べましたが、人参くささが全くなくおいしかったです。興味を持った方、まずは大根島を訪れてみるのもおすすめです。

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